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平成11年1月16日(土)奈良県立二階堂養護学校における第三回強度行動障害について理解を深める会研修会のレジメ
トゥレット障害と自閉症を合併した強度行動
障害への分析視点と扱いへの示唆
財団法人鉄道弘済会総合福祉センター弘済学園
三島 卓穂・飯田 雅子
はじめに
突然担任の腕を噛む。明らかに故意で挑発的であり避けられない攻撃,許容すればさ
らに激しく噛む。拒否すれば一層激しく荒れる。どの対応をとっても壁に突き当る困難
さに茫然とたたずむ担任。強度行動障害とは常識的な対応を許容しないきびしい特性を
持つ。
わが国で強度行動障害という概念で著しい行動障害を持つ人の自己実現へ総合的援助
と療育研究が始まったのは1989年である(飯田,1989)。以来実践研究は模索の中で
各地で重ねられている。ただその行動は実に多彩で理解困難であるため療育は個々の現
象への対応と結果という図式になりがちである。しかし療育に決定的に重要なのは対象
への分析と理解である。多彩な症状を結ぶ内的に必然的な関連の分析,統一的理解こそ
が求められる。
本研究では激しい攻撃破壊のため療育の極めて困難な一事例の実態を示す。次にそれ
が近年報告が出始めたトゥレット障害と自閉症・精神遅滑との合併例(Realmuto,1984),
(栗田,1993),(Kanoetal,1987)であることを述べる,
トゥレット障害は攻撃を抑制できない・強迫的傾向を持ちやすいなどが行動障害を伴
いやすい。それがさらに自閉症の対人関係の重篤な障害と精神遅滞の知的な障害とをさ
らに合併するとき,どのような特異な心理や行動が形成され,その療育はどうあるべき
か研究はほとんど見当らない。本研究はチックをもつ強度行動障害の処遇検討を目的す
る。
激しい行動障害の実態
対象は強度行動障害評価尺度(厚生省1991)で21点の(10点以上を強度行動障害と判
定)15歳男子である。担任の顔にパンチ,腕を噛んだり顔を蹴ったり,食事は大荒れで
すべて放り投げ,テレビなどを引き落し壊す,教室で椅子を投げガラスを割るなどの危
険な行為が日常的に頻発する。この危険さが処遇を著しく困難にしている。しかしその
激しさのかげに隠れた本質的の意味で処遇の困難さは以下の点にある。
1) 攻撃の多彩さと複雑さ
誰かまわず蹴ったり拳でパンチが飛ぶ。スピードは早く回避できない,最大のダメー
ジを狙い彼から意図的に仕掛ける。悪い状態の時はあからさまな敵意をみせる。意図は
いわず原因はほとんど不明である。安定時でも相手の顔を触る行動が途中から豹変し顔
つねりや鼻への指突っ込みなど,常識では理解できない行動が実に多い。そのため善意
や信頼を軸とした人間観が揺らがざるを得ない困難さがある。
2) 担任はどの対応を選んでも泥沼のような関係に陥る難しさがある。放置すれば次
第に激しい噛みつきに進み、拒否すれば執拗に攻撃破壊の機会をうかがい続け,叱れば
ぐずりさらに大きなパニックを招き,対応が手づまりとなる難しさに追い込まれる。
3)良い状態は数ヶ月も続かず悪い状態に変る。対応は変えなくても彼から攻撃が再開
されはじめ悪化することを繰り返す。1日でも数分前に良かった対応が今は不適になり,
ぐずりやパンチとなる。一義的に良い対応は存在せず安した関係を持てない。
表2 A君の行動障害の出現経過
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3 歳:言葉の遅れと多動 自閉的傾向を指摘される
幼 稚 園 :壁を蹴っていたというエピソード
小学校1年:あっあっという声出し
小学校4年:行動が急速に増悪する
イライラし、突然たたく、人・物を押し倒す。物投げ噛みつきで外出
(登校)不能で母親と1年余家にこもる
以降:自室にこもり昼夜の区別が無くなる
2階から雨戸鉢植えなどを投げる、ガラスを割り窓は全部ベニヤ、壁
は穴だらけ
わざと”タアスケテクレー”と2階の自室から大声
食物を床に投げバラまき食べる
靴下下着を着るのが嫌いですぐに脱ぐ
人への激しい攻撃、叩き・噛みつき
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4)不可解な行動が多い。小学校4年になぜ急速に増悪したのか,関係が探い許容的な
担任には攻撃が増発し逆に日常関係の薄い人には攻撃がごく少ない謎,食欲は非常に強
いのにすべて放り投げる謎,親切な対応でも露骨に担任の顔を狙い食物を投げる謎,機
嫌がよくても朝必ず出会うと攻撃をする謎,また能力的に通常ありえない排尿の失敗が
頻発する不思議さ,さらに手を握ってと要求するので手を握ると攻撃をしてくる不愉快
な行動の謎もある。
5)会っただけで露骨な賓撃を特定の担任に集中する「きめつけた」反応をする困難さ。
6)日常的生活をする上での困難さが多い。多動で集団行動では待ちきれず他者を攻撃
する。落ちついて課題に取り組めない。外出や行事の度に大荒れになる。睡眠は浅く起
きだしが多い。原因不明の発熱で部屋にこもりベッドから出れないなどトラブルを招き
やすい。
7)風変りな行動がある。可愛い声で「ブタニクチヤン」と言う。人の性器に手を伸ば
しニヤッと笑う。ピョンピョン跳ねて,変った「ダンス」をしたり,しかめ面や首振り
をする。
対象者の障害を同定する
1.対象
対象は15歳の男子でIQ26(11歳時),二語文発話。ただし言語理解は名称の理解程度,
身辺処理はほぼ自立。現存は特定不能の広汎性発達障害(DSM-V-R)に該当する。
2.生育歴(表2)
出産時は特に異常なく,頸定4月,始歩17月,初語20月,3歳児検診では言葉の遅れと
多動が指摘され自閉的傾向ありとの判定。4歳時に通所指導。5歳時に幼稚園で壁を蹴る
行動あり。小学校の特殊学級でほ「アッアッ」と言う癖,肥満で笑顔が多く多動,小学
校4年時に急速に行動が増悪し突然人を叩く,人・物を押し倒す,食事を投げる,噛み
つくなどが日常的に頻発。登校不能で母親と1年以上家にこもる。家庭ではわざと「タ
ァスケェテクレー」と自室から大声を出す,2階から雨戸や鉢植えなどを投げ,ガラス
を割り窓は全部ベニヤ板,壁という壁は穴だらけとなった。自室にこもり昼夜の区別は
なく,食物を床に投げバラまいてから食べるなどの行動が頻発した。小学校6年でk学
園に入園。
表3トゥレット障害そのもの,またそれに関連した激しい状態変動
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・処方・対応が一定でも増悪
=良好な関係でも衝動高まり攻撃・破壊が増す.関係が維持できず崩壊
増悪期に激しい興奮と攻撃,数分単位での気分変調,ぐずり→パニック
安置期には不安感,不眠,頻繁な逮尿
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表4トゥレット障害に関連した精神病理の視点 −強迫性・執拗さ−
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・ 制止されればされるほど冗進する
女子担任の顛に触りたい→触りが殴りに変る怖さから拒否→より亢進する
触るチックを拒否され実行できないと強い不快さが残る→攻撃の動機
・攻撃破壊行動の執拗さ,その場は収っても後で必ず攻撃破痍をする
チックは抑えきれないものだがある時間は制御することができる
------------------------------------------------------------------------------
3,トゥレット障害との認識
トゥレット障害とはDSM-V−R(American Psychiatric Association.1987)では,
- 複数の運動性チックと1つ以上の音声チックがある。A1年以上にほとんど毎日また
は時折,1日に何度も起こる。Bチックの解剖学的部位,数,頻度、複雑性,強さは時
とともに変化する。C21歳以前の発症,で診断される。彼の顔触り,窓・椅子に繰り返
し触る,部屋でジャンプ,首の横ふり,足を踏みならすなどは運動性チックである。
“べエーツ”“ウンチイーツ”“ヨーカァーン”などの突然の奇声は音声チックである。
風変わりな行動も実はトゥレット障害であった。それは毎日頻回にみられ強さは変動す
る。上記から本例はトゥレット障害であり,その重症度はトゥレット障害尺度(Sapiro
AK et al,1988)では段階6で最強である。本例はDSM−V−Rでは特定不能の広汎
性発達障害とトゥレット障害と精神遅滞の合併例と同定される。
トゥレット障害そのものの視点から彼の強度な行動障害発生の機序を
考える
1.攻撃に理由がなく,素速く,突然で予測できないのはなぜか
笑顔でも叩く,手がサッと伸びる,いい関係でも蹴る,噛むなどの攻撃破壊は,複雑
性運動性チックだと解釈できる。攻撃に理由がないのはチックの定義“無目的でありそ
れ自身が目的”なことから,攻撃の瞬発性はチックの定義“急速に,短く,すばやく,
突然に,起こる”(Sapiro AK el al,1988)ためであり,攻撃の予測不能性も突然
にというチックの定義そのものである。
2.よくなってもすぐに崩れてしまうのはなぜか
入園以降安定期はごく短く,処方や対応などの環境が一定なのに激しく興奮し攻撃す
る憎悪期が出現し,対人関係が崩壊する経過を何度も反復している。わざと逃げ“ゲー
ムに誘う水準“が次第にスコップを投げガラスを割るなど“強い反抗水準”に変わり,
やがて荒れて叫び続け“激しい攻撃だけの水準”に変わる。1日をみても笑顔から突然
グズリ始めパニックに進み対応を困難にしている。この変動は月の満ち欠けのようにチ
ックの重篤さが自然に変化する(Spontaneous Waxing and Waning of the Siverity of
Symptoms)トゥレット障害の定義そのものと,それに関連したものであるように思え
る(表3)。
トゥレット障害に関連した精神病理の視点
から彼の強度な行動障害発生の機序を考える
1. なぜ攻撃行動は執拗で強迫的様相を示すのか
攻撃が出ないよう手をつないで歩いても頻繁に手をふり払い担任の顔を叩こうとし,制
止されればされる程執拗に狙う。たとえその場は収まっても後で必ず攻撃破壊をする。
トゥレット障害に伴いやすい精神病理の一つにはこの強迫性がある(Comings DE et al,
1985)触るチックでも通常その前に“強要される”感覚があるとされ,またそれは抵抗
しがたいものとして経験されるという。つまりチックはしばらくは抑制できるが抑制し
つづけるのは大変な苦痛が伴うため強迫的な実現傾向になると理解される
表4)。噛む叩くなどのチックも同様で強迫的様相を示すのであろう。さらにトゥレッ
ト障害では自分が攻撃されているような強迫的思考も伴いやすく(Comings DE et al
1985)それも関与している可能性もあろう。
2.多動なこと,待てずに攻撃に転じるのはなぜか
待たされるストレスには実に弱くすぐ友達への蹴りや叩きが頻発した。トゥレット障
害では多動性が随伴しやすく(Comings DE et al,1985)それを抑制されることは耐え
がたいストレスを生み攻撃に転化すると考えられる。トゥレット障害では易怒性や短気
さもみられやすい(Comings DE et al,1985)
3.なぜ睡眠障害があるのか
トゥレット障害では高率で睡眠障害があり(Robertson MM et al,1988)両障害の関連
は深い。睡眠障害が強いことは日中の衝動抑制を困難にした面もある。
4.遺尿の障害は何なのか
知的に健常でもトゥレット障害ではしばしば遺尿が観察されている。(野本文宰・他,
1984)本例は1日に十数回も失敗する時期が何度かあり謎だった。重度精神遅滞児でも
遺尿の頻発は通常見られないことから、トゥレット障害に随伴した遺尿の可能性が高い
ように思える。
5.なぜ小学校4年から急速に悪くなったのか
本例は小学校4年時から急速に悪化している。トゥレット障害の発症の平均は7歳前後
(Comings DE et al,1985)である。本例は5歳で運動チック,6歳で音声チックがあっ
たことからこの前後でトゥレット障害が発症し,それから3年程して激しい増悪期を迎
えたと考えられる。
トゥレット障害とそれに関連した精紳病理への薬物療法の有効性
現在トゥレット障害には薬物療法が有効で,セレネレースが第1選択薬である。本例
はセレネースの中断と再開を各3回経験した。セレネース中断時には“顔面・みぞおち
叩きなど強い攻撃破壊行動が頻繁”“耐性がなくなり待てなくなる。イライラすると手
だしの強さは強烈”“2週目から激しい攻撃破壊衝動出る”との記録がある。再開特に
は“全般的に穏やかに,攻撃は軽減,ガラス破壊は消失,問題行動急激に減少””大荒
れにならず,切れが早い,見境いのない攻撃消失,おやつの皿投げ消失,集中し多動さ
減る,きめつけが減る,執拗さなくなる”“1触即発からイライラがパターン的になる,
パニックの急激な減少,睡眠は安定する”などの記録があることから,薬物(セレネー
ス)が上記の行動に著効があったと推察された。ただし,セレネース服薬時でも攻撃破
壊が最悪の時期もあり,行動障害の改善を全て薬物療法のみに還元することはできず,
他の説明視点が併せて求められた。
トウレット障害の精神病理と自閉症・精神遅帯の障害.
さらにかかわる側の誤解が複雑に相互交渉した視点か
ら彼の強度な行動障害発生の機序を考える
表5 いやがらせや意図的な攻撃をなぜするのか
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・顔を触りたい強迫的な欲求(チック)→直接行動にでる→拒否される→不快さ→
→鼻への指突っ込みや強い噛みつき転化(意図的な攻撃)
+
・他者の心理理解が苦手(自閉症)→「拒否する人」のイメージ(潜在的な敵意)
↓
いやがらせ.意図的な攻撃
------------------------------------------------------------------------------------------------------
表6 関係が深い人に無条件な集中攻撃,知らない人に攻撃がごく少ない理由
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・関係が深い人
自閉症や精神遅滞に特有の対人認知戦略二受容の深さを攻撃してみて確かめる
トゥレット障害に特異な対人的心理=チックを抑制しなくてもすむ人
不快さをぶつけられる発散してよい人
↓
攻撃が激しい
・見知らぬ人=不安でチック衝動は高まる。しかし不安感がチックを抑制させる
↓
攻撃が少ない
-------------------------------------------------------------------------------------------------------
トゥレット障害の精神病理と自閉症・精神遅滞の障害,
さらにかかわる側の誤解が複雑に相互交渉した視点から
彼の強度な行動障害発生の機序を考える
1.いやがらせや意図的な攻撃をなぜするのか
不随意に噛んでしまうなどは別にして最も弱い部位を狙う攻撃やいやがらせなどの意
図的な攻撃は本来それ自身を目的とするチックでは説明できない。ただチックは抑制し
がたく努力しても抑制できない特性があり拒否や抑制をされることは大きな苦痛である。
良くない止めねばとは思いつつ,顔を触りたい軽く噛みたいという強迫的な欲求は,精
神遅滞を伴うため健常者と違い直接行動として現われ,それは鼻への指突っ込みや強い
噛みつきに転じるので,強く拒否される。さらに重度精神遅滞であること。自閉症では
他者の心理理解が若手(Baron-Co-hen S,1985)なためもあって、彼には“拒否する人”
のイメージが強く形成される。強迫的ともいえる強い欲求を受けつけず自己不全感をも
たらす相手への潜在的に強い敵意が生じる(表5)激しい攻撃の中には複雑性運動性チ
ックの背景に潜在的な敵意が関与するものも少なくない。
2.関係が深い担任に無条件な集中攻撃,知らない人に攻撃がごく少ないのはなぜか
関係が深くなってくると,特定の人が攻撃や嫌がらせ行動を集中的に反復される対象
になる(きめつけ現象)謎がある。“この人は自分をどこまで深く受容している”かを
“行動的に”確かめる自閉症や精神遅滞に特有の対人認知行動ともみれる。同時に,受
容的であればあるほどチックを抑制しなくてもすむ人,他場面での不快さをぶつけ発散
してよい人というトゥレット障害に特異な対人的心理もある。トゥレット障害で頻発す
る親や身近な人への攻(Ro-bertson MM el al 1988)もこのように解釈される。他方見
知らぬ人では不安感でのストレスからチック衝動は高まるがトゥレット障害ではチック
をしばらくは抑制でき,不安感が逆にチックを抑制させる逆説的な現われ方をし,
表7 人への食事投げの謎について
-------------------------------------------------------------------------------------
無目的な性格であるチックが食物を「担任にぶつける」行動の謎
食事場面は期待感がもっとも強い
→しかし待たねばならないストレス→最もチックを誘発しやすい
→チックで座れない,投げるチックが訴発←食事を投げる「反社会的」な行動への厳しいマイナス評価
↓
→満足に食べられない経験が積み重なる→人への前もっての敵意
人を狙った食事投げの固定化
------------------------------------------------------------------------------------
らない人には攻撃がなく,後で身近な人に反動的に強く攻撃が出る(表6)。散髪屋さ
ん,床屋さんでは実におとなしいのである。
3.食べたいのに食物をなぜ投げ,なぜそれを人にぶつけるのか安定期でも人へのあか
らさまで意図的な食事投げがある。本例は本来は非常に食要求は強い。
なのになぜ食物を投げるのか。まず食事前に彼は情動が極端に高ぶり攻撃も強いとの報
告がある。食事直前は期待が強いだけに,しかも直ぐには食べれないために最強のスト
レス湯面である。強いストレスは最もチックを誘発しやすく(Robedson MM et al,1988),
激しいチックの頻発で彼は食席に座ること自体が不能となる。たとえ着席しても食器を
投げるチックが頻発する。加えてこれらは通常食事の拒否と誤解され,その“反社会的”
行動には厳しいマイナス評価が与えられ,彼の不快感は最高潮に達する。激しいチック
とコミュニケーション障害が合併した困難さが表面化する。その結果「食べたくないの
?ね!」と穏便に食事が終了した経験を何度もしたに違いない。食欲を満足できない苦
汁の経験は人への前もっての敵意を生み“理由のない”あからさまな嫌がらせとして人
への食物投げになった(表7)。
さらに問題を複雑にしている他の要因の関与
1.コミュニケーションしないのはなぜか
グズグズが急速に元進し大荒れして破壊攻撃した後に漸く“おしっこ”“ごはん”と
言う。
自閉傾向で伝達を自発的にするのが弱い障害と,欲求不満状況ではストレスからのチッ
クの頻発になり直接行動を抑制しきれない点もあろう。さらに背景には人への拒否感,
伝達への不信感があるため,直接攻撃でストレスを昇華させる。
2.本人の体調の崩れ・微熱はなぜか
本例は内科的に異常所見がないのに微熱(37度前後)が1-2週間続く,下痢になりや
すいなど,自律神経の弱さがある。トゥレット障害自体にはこのよう記述は見当らずス
トレスが多く心因性の身体症状とも考えられるが不明である。これらは,また攻撃の要
因となっている。
3.どうして生活のほとんどの場面でトラブルがでるのか
“不安”や“見知らぬ人に出会ってのストレス”‘‘疲労”がトゥレット障害での攻撃
を最も強める。毎年4月は新年度担任の異動,プール祭や運動会・誕生会など行事の人
ごみ,夏バテ,外出の疲れなどが攻撃を誘発する。また状態の波自体が今まで良く適応
していた環境を不快と感じさせる。自閉症や精神遅滞の側面が人の理解困難さからの不
安を高め,また疲労予防など体調管理も困難にしている。
上記の分析と実際の経験から得られた処遇への示唆
1.医療からの対応をすること
前述のようにセレネースなどの薬物療法は著
表8 人に対する不安感を除く
----------------------------------------------------------------------------------------------------
- 人の意味を一義的なものにする(対人関係を構造化する)
- 構造化していく環境を作っていくこと
- 許容的な雰囲気
- 人ごみや知らない人との接触はあまり多くしない
- 言葉での気持の整理
- 始めの出会いを悪くしないこと
- 疲労を避ける
---------------------------------------------------------------------------------------------
表9 アンビバレントな本人の気持の難しさを十分に理解して進める
----------------------------------------------------------------------------------------------
手を繋ぐことで安心感がある→ ← チックを抑制されて不快だ
攻撃を止めてくれて有り難い→ ← チック衝動を止められて不快だ
---------------------------------------------------------------------------------------------
表10 悪者の文脈からのスタートであることを自覚して進める
--------------------------------------------------------------------------------------------
複雑性運動性チェック・接触欲求を止められ不快一不快感からの攻撃
→療育者にはわからぬまま関係悪化
お互いに白紙かちのスタートではない
療育者:一定の距離あるいは判断 防衡的な意識
本 人:潜在的敵意または不快即攻撃という反応傾向を形成済み
---------------------------------------------------------------------------------------------------
効があるとされ,精神科医療がトゥレット障害や関連病理の低減には不可欠である。そ
こでまずトゥレット障害を常同行動と片づけず,チックとしてみる視点が必要である。
次に攻撃破壊は種々の要因が関与し形成された結果であり,すべての問穎を薬物療法に
還元することや,薬物への魔術的な期待をもつことには慎重でありたい。状態の変動が
必然的に伴う障害であるとの認織をもち,いい状態を改善だと単純に捉えないこと,変
動に即応して薬物調整をすることも重要であるように思える。
2.環境の整備−構造化など不安の少ない環境を準備する-
1)当初の関係に特別の配慮
はじめの出会いは関係が以後いい方向に進むか否か,どちらの坂に転げるかの分岐点
になる。その意味で始めの出会いには特別の配慮がいる。
2)人への不安感を除くこと
人への不安感は攻撃の主要な要因(Robertson MM et al.1988)でありそれを除くこと
は特に重要である。常に一定の対応をする人には安心感をもてる。そのため人の意味を一
義的にするようにプログラムも対人関係も一定に「構造化」が必要となる。他にも人ごみ
は避ける,話しすぎて不安にしないよう端的に話す,担当者変更は事前に顔をなじませる
なども重要である。
(表8)。
3.直接的対応のあり方−相手の理解,対応を十分にする一
トゥレット障害の治療法は薬物療法以外は無数の失敗例(Myriads of Unsuccesfull
Treatment)で埋っていると言われている。確かに障害自体の治療は対応では困難であ
ろう。だが障害の現われ方は環境、特に人間関係が大きく作用する。十分に対応の工夫
をすることが重要である。
1)アンビバレントな本人の気持の耕しさを十分に理解して進める
本人の要求することが実は本人の要求でないというアンビバレント(ambiva1ent)さ
(両価性)を彼は持つ。しばしば彼は“手をつなぐこと”を求めるが,つながれて安心
感を得ると同時に手をつながれてチックを抑制される不快さも感じており攻撃する。ま
たチックを止めたい時に止めてくれてありがたいが衝動を止められた不快さも同居し攻
撃が出る。このアンビバレントさの理鮪が必要である。“君は,こう要求したじやない
か”と叱るのは得策ではない(表9)。
2)悪意の文脈からのスタートを自覚して進める 前途したのはチックの強迫的な欲
求を拒否された不快さが攻撃に転化し,それを理解できない療育者との関係が悪化する
モデルであった。しかし現実には,お互いに白紙からの出発でなく療育者はすでに様々
な情報から構えを持ち,本人は不快即攻撃という反応傾向を形成済みである。当初の出
会いは悪意や不信の文脈からスタートしている。双方が置かれたこの位置を認識して対
応すべきである。(表10)
3)攻撃破壊行動の意図を慎重に分析して対応する
攻撃の要因には,@チックであるタッチ要求を拒否されて,Aトゥレット障害の状態
変動B言葉で表現できず行動で出す,C愛情を確認する「試し」,D体調の悪さからの
突然の攻撃 E遅延パニック(杉山,1991)様の攻撃,Fきめつけ型攻撃 と実に多様
であり、重視もしている,その意味を取り違えると強い反発をかう。
4)許容的・信頼的な雰囲気で進める
攻撃破壊が少なく笑顔がでた時期に共通の対応は許容的なものであった。攻撃機能が
不明なので避けがたいチックとして中性的にみてあげ,反撃や叱りをせず攻撃には耐え
るのが賢明のようである。涙を隠し4月間かかり関係改善した例もあった。破壊を恐れ
ず敢えて眼鏡をいじらせることも信頼獲得に有効であった。冒頭の行き詰り状態もここ
から時間をかけ信頼感をえることから始まるようである。
5)コミュニケーションの促進・言語による調整も試みる
コミュニケ・一ションの志向性が弱く不満や不安が一気に攻撃破壊に転化しやすい。
そこでぐずり始めたらすぐ“トイレにいこうね”と要求を自覚させ気持を整理すること
は有効であった。ただし適切に要求を言い当てられず逆にイライラを高じさせる危険性
もある。また否定語を使わない表現“ベルがなったら行けるよ”が大切で“今は行けな
い”は使わない。さらに言語での行動調整機能“今,叩こうと思っていたでしょう,そ
れはやめようね”なども興奮前なら有効だとされた。
6)部分的に許容する
障害そのものの強迫的な性格から,たとえば別の道に走りだした時に無理に止めると
激しい攻撃に転じる。赤信号でも首をしめて車の発進を強迫的に要求する例もある。少
し行ってから戻る,少し発進し満足させる,など部分的な許容が衝動を低減させる。
ま と め
トゥレット障害は見逃されやすい(Comings DE el al,1985)。そのためこの障害に
伴いやすい攻撃性、強迫性などを理解牢できないまま療育が行き詰ったり誤解がさらに
激しい障害を生んでいる例は少なくない。さらにトゥレット障害に自閉症や精神遅滞と
いう他の障害が合併したとき,一段と激しい行動障害を生み,また理解しがたい特異な
心理を示すことも多い,我々はこうした例を多数経験してきた。“チック”−この視点
はこじれた強度な行動障害を理解する糸口となる可能性がある。
文 献
- American Psychiatric Association:Diagnostic and Stastical Manual of
Mental Disorders,
3rd edition Revised..American Psychiatric Association Press,Washington
D.C.1987
- Baron−Cohen S,Leslie AM,Frith U:Does the Autistic Child have a
'theory of mind'?.
Cognition 21:37-46 1985
- Cohen DJ.Bruun RD.Leckman JF:Tourette Syndrome and Tic Disorders
:Clinical Understanding and Treatment. Jhon Wi1ey & Sons,1988
4)Comings DE.Comings BG:Tourette Syndrome
:Clinical and psychological Aspects of 250 Cases. Am J Hum Genet 37:435−450,1985
5)Frankel M.Cummings JL.Robertson MM et al :Obsessions and compulsions in Gil1
de la Tourette's syndrome Neurology 36:378−382, 1986
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財団法人キリン記念財団助成研究,1989,1990
7)飯田雅子,三島卓穂・編:弘済学園の教材活用法,学習研究社,1991
8)Kano Y,Ohata M,Nagai Y:Two Case Reports of Autistic Boy's Developing Tourette's
Disorder:Indentification of Improvement? Journal of the American Academy of Child and
Ado1esscent Psychiatry 26: 937,1987
9)栗田 広,畑中邦比古:児童・青年期の広汎性発達障害,全国心身障害児福祉財団 1933
10)野本文幸,八代るり子.高橋 滋・他: Gil1es de la Tourette症候群:10症例の臨床
的研究,精神医学26:929-935,1984
11)Realmuto GM Main B:Coincidence of Tourette disorder and Infantile Autism.J
Autism Dev Disord 12:367-372 1982
12)Robertson MM.Trimbles MR.Lees AJ:The Psychopathology of the Giles de
la Toureette Syndrome :A Phenomenological Analysis.
Br J Psychiatry 152:383−390 1988
13)Sapiro AK.Sapiro ES,Young JG,Feinberg TE. ed:Gilles de la Tourette Syndrome
Second Edition,Raven Press,NeW York,1988
14)杉山登志郎:自閉症にみられる特異な記憶想起現象について,第32回日本児童精神
科医学会総会抄録集13,1991
1S)厚生省:強度行動障害判定基準(暫定版)1993
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