きずなへ
平成12年11月18日奈良女子大で行われた第2回強度行動障害について理解を深める会研修会で示された参考事例のレジメ
知的障害は軽度だが行動障害の強い自閉症への援助
(財)鉄道弘済会 総合福祉センター
弘済学園 楯雅博
1はじめに
近年、自閉症のうちでも知的な陣事の少ないアスペルガー症候辟また高機能広汎性発達時事への援助への関心
が高まっている。従来、行動障害は精神遅滞をともなう自閉症に多いとされ援助論の多くは精神遅滞との合併例
を対象としていた。しかし、知的理解の高い自閉症の人たちにおいて、その知的理解の高さにもかかわらず行動
障害が少なからずみられ社会適応が困難なことが指摘されはじめてきている。これら高機能広汎性発達障害にみ
られる行動障害援助の研究は必ずしも十分ではなく、その模索は始まったばかりである.
この人たちへの援助論としては、一般的な自閉症への援助であるコミュニケーションの工夫とか、構造化され
た環境の整備とか、心の理論障害への配慮などを通じて、行動障害が軽減し本人にゆとりのある姿をもたらすこ
とができた報告もある にうさい療育セミナー第9回抄録集)。しかしアスペルガー症候群では攻撃性が強いの
報告例があり、それと符合するような援助困難例も少なくない。ここでは知的障害は軽度であるにも係わらず、
行動障害が強く強度行動障害にも該当する処遇困難な自閉症への実践をとりあげ、その援助について検討する。
2対象ケースの概要
E君。軽度精神遅滞をともなう自閉症の11歳の男子である.MAは6歳レベルであり会話に不自由はない。
起座7か月、始歩14か月、人見知り8か月、発語10か月ごろ.3歳時、視線が合わないので医療機関を受診
し自閉症と診断された.人なみに発達し、食事、着脱、排泄のしつけは良くできむしろ早かったという母親の印
象である。幼稚園入園前は、問題行動も軽減し周囲も障害児と気づかないほどに改善した。普通幼稚園に入園し、
絵、工作、お遊戯はどうにかでき、切り絵は普通の子よりも上手で会話も可能であった.外出先ではお利口にし
ていたが家に帰り爆発して大泣きになる。小学校は普通学校にいくが集団行動や友達との遊びは殆ど見られず、
他児を叩く、石を投げる、多動、奇声、独り言が目立つ。2年生になり身障学級に移動。精神科薬を服薬開始す
るが毎日奇声、物壊しなどが続き、処方調整のため精神病院に1か月入院した。改善はなく小学6牢より当園に
入園する。強度行動障害得点は14点で強度行動障害に該当する。その内容は、攻撃3点、物壊し1点、騒がし
さ5点、パニック5点である.
3典型的な援助の難しさ
3−1エピソードその1
挨拶はよくでき、よくしやべり、初めての人を見ては「名前は?」ときき、教えてもらうとその人の名前を呼
び続けるなど一見社交性があるように見えるが、会話をしているうちに突然急に他児を叩いたり、太った人を見
て「でぶ」と挑戦杓にさけぶこともあった。また会話の途中で「キツネとトラの話」と言って共通点を独りでい
い始めたり、漢字の共通点、車の話を続ける。それに職員が応えると急に怒り出し「いわないで!」と叫ぶ。
3−2エピソードその2
居室等のゴミ箱の位置なとは気づくと、いつも同じ場所、同じ方向に直してあるくなど、こだわりの強きが顕
著である。外出や行事という初めての経験に対しては「僕できない」「こわい」と下向きにつぶやく。休日など
で外出する前日は、表情が険しく、起床から外出までの間、とりわけ朝食後外出が間近になると荒れる。
3−3エピソードその3
言語性の高さから状況理解ができているはずなのだが、待つことができず抑制がきかない。例えば、食事では
期待感があるにもかかわらず、ピリピリして直ぐに「ワーッ」「早くして!」という叫び声がででしまう。特に
外出先のレストランなどではオーダーしたものが直ぐに出てこないと大声になり、自分が食べ終われば他の子に
「早くして」、職員には「もう帰る」なとと騒ぐ。
3−4エピソードその4
クラスの雰囲気に影響を受けやすく、ざわついた中にいると顔色が悪く白くなり次第に表情が険しくなる。他
児の動きがいちいち気になり、そのうち大声が出て叩きにおよび他のクラスメイトがビクビクしてしまう。また
外出の後などつかれやすく時には外出中にテーブルにうつ伏せになり寝てしまうこともある。疲れている時には
職員の一言一言に全て反応し、自分に向けられた話でなくても応答しつづける。
3-5エピソードその5
褒めたことが社会的なプラスの動因にはならない。例えば、職員が好意的に「よくできるね」とどんなに良い
評価をしても笑顔が無く無反応に近い。ほめても職員の好意が通じる実感をもてず本児の励みにならない。その
ため社会的行動が適切にとれたとしてもそれが人から褒められることで定著しない。
3−6エピソードその6
前後の状況からは良く分からないパニックがある。運動会でのことである。不快な声出しが出て、いつもは気
にならないことを気にしはじめ、そのうちに「トイレがつまっちゃいやなの」とつぶやきながらイライラがエス
カレートし、かなりの時間そのワアーという大声を出しつづける。またその他、「よくまててるね、おりこうさ
んだね」と誉めた瞬間に「おりこうさんていっちや嫌なの」と騒ぎ出すこともある。本児は評価を気にしながら
「花マルでした」「花マルで良かった」と独り言をいうか、その後すそに「花マルって言っちや嫌」と大声で叫ぶ。
3−7エピソードその7
父母の会など両親の来園時は、本児の問題性が著しくエスカレートする。来園までは「お母さん早く来て欲し
い」などと期待感を冷静に述べているが、頻尿になり、言葉づかいに荒さが出てきて食事かがつがつと過食にな
る。次第に職員が眼を離せない不安定さを示し、職員の他の子への話しかけに反応してふざけて手を出し、やが
て両手を握ってないと攻撃行為にエスカレートする。母親に会ったとたんに態度が一転して、表情がこわばり、
他児を叩いたり、ものを投げたり、絶叫するなどパニックになり反応の仕方には普通ではない激しさがある。
4難しさの分析と有効な対応
4−1心の理論障害からくる自己防衝の多弁さ−エピソード1
彼の多弁さと一見の愛想のよさは、心の理論の障害からくる相手の意図の理解困難への困惑と不安への対処行
動だと分析された。不安定な時には、周囲からの「いい子でいてほしい」 という期待を感じ「いい子でいよう」
と応えようと努力する。それがこうした反応になると考えられる。対応としてはこの表現はまず状態悪化の兆し
として捉える。状況により身体を横にしてあげる、アイマスクをするなどしてリラックスできる配慮をする、要
求しすぎない、心理的プレッシャーは控えるなどが有効であった。
4−2同一性保持にもとづくこだわり−エピソード2
エピソード2でのこだわりは、自閉症の特性として捉えられる.それらを許容できる構造化された環境をでき
るかぎり準備するとか、カードを用いたコミュニケーションの工夫を前提にしながら職員の配慮も必要であった。
例えば、日常的に避けられない変化には、ベンチの位置や、食事の際の急須の向きなど気になることは職員が気
になるのねと言い直してあげることが有効であった。
4−3抑制が効かず時には強迫的になる−エピソード3
もともと衝動性が強いのだが、それを増幅するものとして、コントロールする経験の少なさ、待つ約束が負担
感となりそれがストレスとなる、良く分かるがゆえの不安さ、障害がない子と誤解されたため待てて当たり前な
どと評価が低かったことがあると分析された。対応としては、構造化したり、スケジュールボードを活用して認
知の整理をする、強迫的になった場合にはストレスが強化因になっているので、認知上のストレスを減らす上記
の方法、待つ約束はつらいのであまりしない、するとしても少しずつ、評価を積み重ねること、が有効であった。
4−4知覚過敏からの刺激過多での精神疲労−エピソード4
エピソード4に見られるような状態は自閉症にしばしば伴う知覚過敏の障害と捉えることができる。通常私た
ちが経験する以上に知覚的なストレスを感じていると分析される。これについては、ウォークマン、耳せん、ア
イマスクを活用し外刺激を緩和する。身体を横にする。集団から外し、個別の時間をつくる。外出後は、個別に
居室で休ませる。起床時間、就寝時間の調整、が有効な事が分かった。
しかし、悪状態の時は、この働きかけも拒否し、一人で高ぶり、非常ベルを押すなど悪状態がエスカレートする。
気になる事がある時は、寝付きが遅く目覚めも早いので、十分な睡眠が確保できない悪循環に陥る難しさがある。
4−5共感性が乏しく関係が深まりにくい−エピソード5
エピソード5にみられるような共感性の弱い特性に対しては、それを彼の自閉症としての特性として受け止め
るようにした。まず否定的な評価、否定的な対応はしないで、関わる時には必ず肯定的な関わりをすること、関
わっていく側が喜びを大きく表し伝えることを繰り返すようにした。
4−6タイムスリップによると考えられるトラブルーエピソード6
自閉症での機械的記憶の良好さからくるマイナスイメージをふやさない配慮を特にする.それらが誘発されや
すいのは、はじめての経験する行事である。例えば、運動会では、職員が個別についても、多弁さ、他児へのち
ょっかい独り言が多くなりパニックになる等々である。また疲れてくるとパニックになる。
対応としては、疲れに対して早期に本人の状態を把握し顔色が悪くなる等々の兆しを早期につかむこと。切り上
げる、耳栓などを用いて過度な刺激を避ける、などがある.また不安定になった時もパニックにいたらせないで
良い印象でその経験を終わらせ次回につなげる。行事では細心の注意をすることが有効であった。
4−7複合的な視点を持つこと−エピソード7
医療からのアプローチ、母親への実習などを通じた関わり方への援助、それに前述した様々な要因などが複合
的に絡んでいることへの理解と対応はかかすことができなかった。
5考察
本ケースには高機能自閉症もしくはアスペルガー症候群に類似する処遇困難な点が多かった。高機能ゆえの記憶
の良好さや対人認識の相対的な発達の良さに比べアンバランスな対人理解の遅れ、言語情報による混乱、また知
覚過敏性などの側面が、複雑に絡み合って困難な状態を呈していることを実感する。丁寧なときほぐしが必要で
ある。今後もケーススタディを深めより適切な援助を模索したい。
きずなへ