知的障害は軽度だが行動障害の強い自閉症への援助
弘済学園 楯 雅博
- はじめに
近年、自閉症のうちでも知的な障害の少ないアスペルガー症候群また高機能広汎性発達
障害への援助への関心が高まっている。従来、行動障害は精神遅滞をともなう自閉症に多
いとされ援助論の多くは精神遅滞との合併例を対象としていた。しかし、知的理解の高い
自閉症の人たちにおいて、その知的理解の高さにもかかわらず行動障害が少なからずみら
れ社会適応が困難なことが指摘されはじめてきている。これら高機能広汎性発達障害にみ
られる行動障害援助の研究は必ずしも十分ではなく、その模索は始まったばかりである。
この人たちへの援助論としては、一般的な自閉症への援助であるコミュニケーションの
工夫とか、構造化された環境の整備とか、心の理論障害への配慮などを通じて、行動障害
が軽減し本人にゆとりのある姿をもたらすことができた報告もある(こうさい療育セミナ
ー第9回抄録集)。 しかしアスペルガー症候群では攻撃性が強いの報告例があり、それ
と符合するような援助困難例も少なくない。ここでは知的障害は軽度であるにも係わらず、
行動障害が強く強度行動障害にも絃当する処遇困難な自閉症への実践をとりあげ、その援
助について検討する。
2 対象ケースの概要
E君。軽度精神遅滞をともなう自閉症の1*歳の男子である。MAは6歳レベルであり
会話に不自由はない。起座7か月、始歩14か月、人見知り8か月、発語10か月ごろ。
3歳時、視線が合わないので医療機関を受診し自閉症と診断された。人なみに発達し、
食事、着脱、排泄のしつけは良くできむしろ早かったという母親の印象である。幼稚園入
園前は、問題行動も軽減し周囲も障害児と気づかないほどに改善した。普通幼稚園に入園
し、絵、工作、お遊戯はどうにかでき、切り絵は普通の子よりも上手で会話も可能であっ
た。
外出先ではお利口にしていたが家に帰り爆発して大泣きになる。小学絞は普通学校にい
くが集団行動や友達との遊びは殆ど見られず、他児を叩く、石を投げる、多動、奇声、独
り言が目立つ。2年生になり身障学級に移動。精神科薬を服薬開始するが毎日奇声、物壊
しなどが続いた。改善はなく小学*年より当園に入園する(強度行動障害得点は14点で
強度行動障害に該当する。その内容は、攻撃3点、物壊し1点、騒がしさ5点、パニック
5点である。
3 典型的な援助の難しさ
3−1エピソードその1
挨拶はよくでき、よくしやべり、初めての人を見ては「名前は?」ときき、教えてもら
うとその人の名前を呼び続けるなど山見社交性があるように見えるが、会話をしているう
ちに突然急に他児を叩いたり、太った人を見て「でぶ」と挑戦的にさけぶこともあった。
また会話の途中で「キツネとトラの話」と言って兵通点を独りでいい始めたり、漢字の共
通点、車の話を続ける。それに職員が応えると急に怒り出し「いわないで!」と叫ぶ。
3−2エピソードその2
居室等のゴミ箱の位置などは気づくと、いつも同じ場所、同じ方向に直してあるくなど、
こだわりの強さが蹄著である。外出や行事という初めての経験に対しては「僕できない」
「こわい」と下向きにつぶやく。休日などで外出する前日は、表情が険しく、起床から外
出までの間、とりわけ朝食後外出が間近になると荒れる。
3−3エピソードその3
言語性の高さから状況理解ができているはずなのだが、待つことができず抑制がきかな
い。例えば、食事では期待感があるにもかかわらず、ピリピリして直ぐに「ワーツ」「早
くして!」という叫び声がでてしまう。特に外出先のレストランなどではオーダしたも
のが直ぐに出てこないと大声になり、自分が食べ終われば他の子に「早くして」、職員に
は「もう帰る」などと騒ぐ。
3−4エピソードその4
クラスの雰囲気に影響を受けやすく、ざわついた中にいると顔色が悪く白くなり次第に
表情が険しくなる。他児の動きがいちいち気になり,そのうち大声が出て叩きにおよび他
のクラスメイトがビクビクしてしまう。また外出の後などつかれやすく時には外出中にテ
ーブルにうつ伏せになり寝てしまうこともある。疲れている時には職員の一言一言に全て
反応し、自分に向けられた詣でなくても応答しつづける。
3−5エピソードその5
褒めたことが社会的なプラスの動因にはならない。例えば、職員が好意的に「よくでき
るね」とどんなに良い評価をしても笑顔が無く無反応に近い。ほめても職員の好意が通じ
る実感をもてず本児の励みにならない。そのため社会的行動が適切にとれたとしてもそれ
が人から褒められることで定着しない。
3−6エピソードその6
前後の状況からは良く分からないパニックがある。運動会でのことである。不快な声出
しが出て、いっもは気にならないことを気にしはじめ、そのうちに「トイレがつまっちや
いやなの」とつぶやきながらイライラがエスカレートし、かなりの時間そのワアーという
大声を出しつづける。またその他、「よくまててるね、おりこうさんだね」と誉めた瞬間
に「おりこうさんていっちや嫌なの」と騒ぎ出すこともある。本児は評価を気にしながら
「花マルでした」「花マルで良かった」と独り言をいうが、その後すぐに「花マルって言
っちや嫌」と大声で叫ぶ。
3−7エピソードその7
両親の来園時は、本児の問題性が著しくエスカレートする。来園までは「お母さん早く
来て欲しい」などと期待感を冷静に述べているが,頻尿になり、言葉づかいに荒さが出て
きて食事ががつがつと過食になる。次第に職員が眼を離せない不安定さを示し、職員の他
の子への話しかけに反応してふざけて手を出し、やがて両手を握ってないと攻撃行為にエ
スカレートする。母親に会ったとたんに態度が一転して、表情がこわばり、他児を叩いた
り、ものを役げたり、絶叫するなどパニックになり反応の仕方には普通ではない激しさが
ある。
4 難しさの分析と有効な対応
4−1心の理論障害からくる自己防衛の多弁さ−エピソード1
彼の多弁さと一見の愛想のよさは、心の理論の障害からくる相手の意図の理解困難への
困惑と不安への対処行動だと分析された。不安定な時には、周囲からの「いい子でいてほ
しい」という期待を感じ「いい子でいよう」と応えようと努力する。それがこうした反応
になると考えられる。対応としてはこの表現はまず状態悪化の兆しとして捉える。状況に
より身体を横にしてあげる、アイマスクをするなどしてリラックスセきる配慮をする、要
求しすぎない、心理的プレツシヤーは控えるなどが有効であった。
4−2同げ性保持にもとづくこだわり−エピソード2
エピソード2でのこだわりは、自閉症の特性として捉えられる。それらを許容できる構
造化された環境をできるかぎり準備するとか、カードを用いたコミュニケーションの工夫
を前提にしながら職員の配慮も必要であった。例えば、日常的に避けられない変化には、
ベンチの位置や、食事の際の急須の向きなど気になることは職員が気になるのねと言い直
してあげることが有効であった。
4−3抑制が効かず時には強迫的になる−エピソード3
もともと衝動性が強いのだが、それを増幅するものとして、コントロールする経験の少
なさ、待つ約束が角担感となりそれがストレスとなる、良く分かるがゆえの不安さ、障害
がない子と誤解されたため待てて当たり前などと評価が低かったことがあると分析され
た。対応としては、構造化したり、スケジュールボードを活用して認知の整理をする、強
迫的になった場合にはストレスが強化因になっているので、認知上のストレスを減らす上
記の方法、待つ約束はつらいのであまりしない、するとしても少しずつ、評価を積み重ね
ること、が有効であった。
4−4知覚過敏からの刺激過多での精神疲労一エピソード4
エビソード4に見られるような状態は自閉症にしばしば伴う知覚過敏の障害と捉えるこ
とができる。通常私たちが経験する以上に知覚的なストレスを感じていると分析される。
これについては、ウオークマン、耳せん、アイマスクを活用し外刺激を緩和する。身体を
横にする。集団から外し、個別の時間をつくる。外出後は、個別に居室で休ませる。起床
時間、就寝時間の調整、が有効な事が分かった。
しかし、悪状態の時は、この働きかけも拒否し、一人で高ぶり、非常ベルを押すなど悪
状態がエスカレートする。気になる事がある時は、寝付きが遅く目覚めも早いので、十分
な睡眠が確保できない悪循環に陥る難しさがある。
4−5共感性が乏しく関係が深まりにくい−エピソード5
エピソード5にみられるような共感性の弱い特性に対しては、それを彼の自閉症として
の特性として受け止めるようにした。まず否定的な評価、否定的な対応はしないで、関わ
る時には必ず肯定的な関わりをすること、関わっていく側が喜びを大きく表し伝えること
を繰り返すようにした。
4−6タイムスリップによると考えられるトラブル−エピソード6
自閉症での機械的記憶の良好さからくるマイナスイメージをふやさない配慮を特にす
る。それらが誘発されやすいのは、はじめての経験する行事である。例えば、運動会では、
職員が個別についても、多弁さ、他児へのちょっかい独り言が多くなりパニックになる等
々である。また疲れてくるとパニックになる。
対応としては、疲れに対して早期に本人の状態を把握し顔色が蕃くなる等々の兆しを早
期につかむこと。切り上げる、耳栓などを用いて過度な刺激を避ける、などがある また
不安定になった時もパニックにいたらせないで良い印象でその経験を終わらせ次回につな
げる。行事では細心の注意をすることが有効であった。
4−7複合的な視点を持つこと−エピソード7
医療からのアプローチ、母親への実習などを通じた関わり方への援助、それに前述した
様々な要因などが複合的に絡んでいることへの理解と対応はかかすことができなかった。
5 考察
本ケースには高機能自閉症もしくはアスペルガー症候群に類似する処遇困難な点が多か
つた。高機能ゆえの記憶の良好さや対人認織の相対的な発津の良さに比べアンバランスな
対人理解の遅れ、言語情報による混乱、また知覚過敏性などの側面が、複雑に組み合って
困難な状態を呈していることを実感する。丁寧ときほぐしが必要である。