川崎医療福祉大学 Kawasaki University of Medical Welfare
佐々木正美 Masami Sasaki, M.D
T.早期発見と早期療育
わが国、日本の乳幼児に対する健康診査health check-up Systemは、世界にも例を見ない
ほど充実した発展をしてきたもので、すべての子どもが居住地域の保健所 community health
centerで、生後4か月、1歳6か月、3歳及び就学直前(6歳)と4回の受診をする。その受診率
は全国平均でもそれぞれ90%を超える。
自閉症児 children with autism はその多くが、1歳6か月時の健康診査で疑いをもたれ、保
健所を拠点にして、治療教育 therapeutic care and education の視点をもったフオローアッ
プを受ける。そして自閉症の疑いが濃厚になった時点で、必ずしも確定診断を持たずに、
本格的なデイケア day care 方式の治療教育プログラムを受けることになる。
このすぐれた乳幼児健康診査の制度があるため、わが国の自閉症児の療育は早期から可
能であり、大多数の子どもは2−3歳代に療育プログラムが開始される。私たちが働いてい
る人口330万の横浜では、療育プログラムがよく整備されているために、国際的な注目と評
価を得るほどの、すぐれた自閉症の疫学調査が可能になった(1,2)。
ところが、これはわが国だけの状況とはいえないかもしれないが、自閉症児への治療や
教育の実際的な手法やプログラムは、従来1960年代から、Bettelheim,B.(3)に代表されるよう
な精神分析的あるいはその他の心理的方法に始まって、行動療法、感覚統合、ムーブメン
ト法など多様を極め、さまざまな臨床者や教育者が子どもや生徒にとって一貫性のないや
りかたで次々にかかわりをもってきた。
そのため、早期からの療育がなされてきたにもかかわらず、わが国の自閉症の長期予後
は必ずしもよい結果を上げてきたとはいえず、むしろ、自閉症とその家族に大きな混乱と
苦悩をもたらしてきた(4)。そしてその結果ともいうべき青年期以後の予後に、「強度行動
障害 severe behavior disorders といわれる激しい不適応行動を示す人々を数多く生み出し、
厚生省 Ministry of Health and Welfare は1991年より「強度行動障害特別処遇事業」(5)を実
施する必要にせまられることになった。今日わが国における自閉症の人たちの日常生活に
おける適応の長期予後は、決して良いとはいえない。
U.強度行動障害
わが国で強度行動障害に関する認識が深まり、臨床的研究が本格的に始められたのは、1
988年頃からである。しかしそれに遡ること10年、1970年代中頃には、わが国の自閉症の臨
床者や教育者は、従来の自分たちの治療や教育活動の成果に疑問や手詰まりを感じており、
家族も失望していた。
筆者たちが、アメリカ・北カロライナ州のチャペルヒルChapel Hi11にSchopler,E 教授た
ちを訪問し、TEACCH プログラムを見聞して、新たな希望を与えられたのは1982年の夏で
あった。その後 TEACCH モデルが、日本自閉症協会やその他の教育・福祉事業団の先導や
支援を得て、わが国で普及・発展してゆき、強度行動障害といわれる人々への療育も含め
て、自閉症の人たちへの治療や教育に豊かな成果をあげていくようすは後述する通りであ
る。
強度行動障害児(者)とは、激しい自傷、攻撃、器物破壊、睡眠障害、かんしやく、パ
ニック、多動、脱走、騒々しさなど、著しい不適応行動のため、家庭ではもとより従来の
福祉施設や精神病院においてさえ処遇が困難なものをいい、行動上の状態から定義される
ものである。
1993年に厚生省 Ministry of Health and Welfare が作成した「強度行動障害判定基準」は
〔表1〕に示す通りである(6)。「強度行動障害判定指針」〔表2〕を合わせて参考にして、1
0点以上を強度行動障害とするが、20点以上になる発達障害者をこの特別な入所措置による
処遇事業の対象とするものである。
また、「厚生省児童福祉実務担当者会義」資料に見る厚生省家庭局長から都道府県知事
及び指定都市市長に宛てた通達「強度行動障害特別処遇事業実施要綱」を抄出して以下に
示す(7)。
@目的
この特別処遇事業は、生活環境に対する極めて特異な不適応行動を頻回に示し、日常の
処遇が困難になっている、いわゆる強度行動障害を示す者について、精神発達障害者更正
施設等に特別処遇体制を整え、適切な処遇を行うことにより、本人の行動障害の軽減と家
族の生活の安定を図り、福祉の一層の推進を図ることを目的とする。
A実施主体
特別処遇事業の実施主体は、都道府県と特定指定都市とする。事業の一部を社会福祉法人
等に委託することができる。
B対象者
特別処遇事業の対象者は、精神発達障害児/者であって、自傷や他害等、生活環境への
激しい不適応行動を頻回に示すため、特別な処遇を行わなければ社会適応能力の向上が困
難な者である。
C実施する施設
特別処遇事業は、精神遅滞児施設、自閉症児施設、知的障害者更正施設のうち、特別の
設備を設け、専門職員による特別処遇を行う施設として、都道府県知事が特に指定した入
所施設である。
D入所措置
入所の認定にあたっては、医学的、心理学的、社会学的及び教育学的見地から、十分に
検討する。
E経費の補助
国は都道府県や市がこの事業のために支出した費用について、一定の補助をする。
この特別事業は1993年から始まり、国庫補助対象施設数の年次推移は1993年が3カ所、19
94年が5カ所、1995年が9カ所、1996年が11カ所、1997年が17カ所と、日本の各地に広がり
をみせている。
従来わが国では一般的に、自閉症の人たちへの処遇法は多くの知的障害の人々に対する
ものと同じように、経験的で手探りの方法の域を出ないもので、強度の行動障害を示す人々
への対応は、職員の通常の勤務内容や時間を超えた超人的な努力によってやっと支えられ
てきたといえる。さもなくば、なかば放置状態か保護室に監禁の状態に置く以外にないと
する施設もあった。
こうした状態の打破として、厚生省は1993年に「強度行動障害処遇事業」を開始し、同
時に全国各地の入所・居住型福祉施設の代表者を結集して「強度行動障害者の処遇に関す
る研究」(8)を発足させたのである。
同研究の代表的共同研究者の一人である飯田 Iida,M.(9)は、研究対象者が入所している可
能性のある日本全国の614居住施設のすべてと、神奈川県内の特殊学級と養護学校の生徒の
すべてを対象に調査を行い、こうした発達障害児・者のなかで行動障害が非常に激しい人
たちが1−3%であったと報告している。しかし、これらの施設居住者や学校生徒のうち、
自閉症の人の占める割合は明らかにされていない。けれども、強度行動障害を示す人たち
の大半が自閉症であることは判明している。
こういう状況の中でわが国に TEACCH モデルが紹介され、強度行動障害の人々を含むあ
らゆる自閉症児・者の教育と処遇に飛躍的な改善と成果を上げることになり、日本の自閉
症の人たちに関わる職業者や家族たちに新たな大きな希望をもたらすことになった。
V.日本自閉症協会の調査
1996年に日本自閉症協会に Autism Society of Japan が、親の会以来の設立30周年を期に
協会会員を中心に実施した自閉症児・者1649人の実態調査(4)の一部概要を示すと以下の通
りである。
家族などと同居して地域社会で生活している人は、就学以前の幼児期(6歳末満)では99・
1%、6歳から18歳(日本における基本的な学校教育期間)では91.0%であるが、19歳以降に
なると58.3%に減少する。
また、比較的大規模な居住型福祉施設に入所して生活する人は、18歳以下では5.0%にと
どまっているのに対して、19歳以降になると36.3%と急激に増加している。そして青年期以
降に、グループホームgroup home に居住して地域社会で暮らす自閉症の人々 people With
autismは、1.2%で、わが国特有の福祉ホームや生活ホームと呼ばれる地域型の小規模施設
に居住する人たちをあわせても1.8%に過ぎない。
学校教育を終了した後の状況は、全体の33.5%が居住型施設に入っており、一般の会社や
職場 competitive employment で働く人は16.8%、各種の福祉型作業所 sheltered workshop
に通所する人たちは38.0%であった。居住施設で暮らしている人々は、その大多数が地域社
会における職場や作業所、その他余暇活動等のための社会資源をあまり利用していない。
以下に会員である親たちが、自閉症の我が子の半生を振り返りながら、過去と現在につ
いて抱いている意見や感想の代表的なものを、要約して紹介する。
1)学校教育
幼児期の療育者、学校教育の教師、医療機関の医師その他の従事者について、自閉症に
関する専門的な教育や訓練が不足しているという指摘が非常に多い。
この調査に回答を寄せた親の42%が、学校教育の中の自閉症児をもっていたために、学
校の教師への要望が多かった。学校教師の資質の向上を望むために、正しい研修や訓練の
機会を切望するという意見が多く寄せられている。この要望は、すでに自分の子どもが学
校教育を卒業している人たちの間からも、数多く主張されている。教師が自閉症を正しく
理解できないという回答を寄せた親は45.5%にも及ぶ。
自閉症そのものを理解できておらず、当然生徒の教育や指導の方法が分からないでいる
教師が少なくない上に、それぞれの教師が相互に一貫性を欠いた状態で引き継ぎも不十分
なままで教育を行うので、生徒の混乱は大きく、教育の成果が累積されず、長期間の予後
も不良な結果におわっている。強度行動障害とは10年以上にも及ぶ不適切な教育の結果の
状態で、必ずしも自閉症の特性そのものとはいえないという感想や意見も、わが国の各地
で聞かれている。
2)就労
一般就労をする自閉症の人々の家族の中にも、解雇される不安に脳み続けている人たち
が少なくない。日本各地でも一部の地域を除いて、ジョブコーチjob coach の制度が行き
届いている都道府県や市町村はまだ少ないのが実情である。ジョブコーチ制度を含めて、
自閉症に熟知した専門家の配置がなされた就労支援の体制を待ち望むという音見が多い。
一般就労が困難なために、保護的な福祉型施設に通って作業活動をする人々が多い。し
かしそこでも、自閉症をよく理解できて、自閉症の人たちに適切な指導や支援ができる職
業者は、まだ十分にはいない。多くの自閉症の人たちは、まだ不適切な環境で不適切な支
援を受けながら、日々の作業や就労の活動を余儀なくされているのが実情であることを、
この調査報告書は報告している。
3)余暇活動と社会参加
わが国では学絞教育の中で、社会生活技能 social ski11s を積極的に指導できている学校
は少ないそのため一部の地域を除いて、自閉症の人たちがスポーツその他の余暇活動の
ための社会資源を、日常的に有効に利用できている場合は少ない。福祉的・保護的作業所
で働いている場合でも、作業所以外での社会の場での活動を積極的に指導や支援されるこ
とは、まだ不十分なのがわが国の実情である。
余暇の過ごし方に関する親たちの回答は、大半の自閉症の人たちはテレビを見るかジグ
ソーパズルを楽しむ程度で、戸外の生活や活動を楽しむことができる人々はごく僅かしか
いないという。
自閉症の人々が社会資源を有効活用しながら、日常生活を続けることを、適切に指導や
支援をすることができるように養成や訓練がなされている職業者が、決定的に不足してい
るというのが、わが国の多くの自閉症協会会員の気持ちである。
4)親の気持ち
親の現在の気持ちを問われて、彼らは率直に多くの感想を寄せている。このような子ど
もを与えられたために、他の兄弟にも他者への思いやりの感情がよく育ったし、家族が強
い絆で結ばれるようになったという積極的な意見を寄せる人々がいるが、このような肯定
的な感想をもっている人は少ない。
多くの人たちは、毎日が疲労困憊の状態でおり、ほっと安心して安らげる気持ちになれ
るのは、子どもが寝静まっている間だけという人や、親自身が高齢になって、子どもの面
倒がみられなくなった時に、自閉症のわが子に幸福な日常生活が保障されるかどうか心配
であると訴える人たちが非常に多い。
日本ではまだ、自閉症に固有の教育的対応や福祉的施策が実質的には何もなされていな
いと思うという親たちも多い。
2 そういう状況のなかで、衝撃的な感想を送ってきた親たちがいる。1996年に横浜で他県
から転居して間もない母親が、自閉症であるわが子を殺したという事件があったが、その
母親に共感を寄せる母親たちが日本の各地にいた。不十分な訓練や養成しか受けていない
教育者や治療者によって、不適切な療育や指導や援助しか与えられてこなかった親子にし
てみれば、自分の自閉症である子どもをせっぱ詰まった感情から殺してしまうということ
がよく分かるという。
家庭でさまざまな行動障害を示して、不適応を続ける子どもを、一体どのようにして面
倒を見ろというのか、といって福祉施設にその子どもを預けても、そこでの生活が自閉症
のことをよく理解できていない職員によって指導され、不幸なことになるということが分
かっている場合、親はどのような道を選択すればよいのかという問いであり、社会への呼
びかけである。
自閉症の人たちが多数を占める強度行動障害者の問題を含めて、このようなわが国の状
況のなかで、1980年代になってわが国に TEACCHモデルが紹介され、自閉症の人々の日常
生活の内容 quality of life に新たで確実な成果を得ることが確認され、日本の自閉症の人
たちと生活をともにする職業者や家族たちに、新たな大きな希望をもたらすことになった。
日本自閉症協会では、 TEACCH モデルによる学校教師や福祉施設職員たちの本格的な研
修を、わが国の各地で実施し続けて、本年1999年で10年になる。
W.TEACCHの導入
著者がわが国の10人の同僚と初めてノースカロライナ North CarolinaのチャペルヒルC
hapel Hillに、TEACCHモデルの視察と研修のためにショプラー教授Schopler,Eたちを訪問
したのは1982年の夏であった。
われわれはチャペルヒルの町とその周囲の市町に1週間滞在をしたのみだが、われわれの
ためによく準備されたヴィデオテープ、スライドフィルム、ノートなどを用いたセミナー
に出席し、学校の教室やグループホーム group home における構造化 structuringの実際の
ようすを見学して、総合的で包括的な TEACCH プログラムの真髄の一端に触れたことを実
感した。
当時われわれはすでに、自閉症の治療や教育の方法に手詰まりを感じて、将来への展望
を抱けないでいたために、TEACCHプログラムが与えてくれた新しい希望と成果への予感
にわれわれは大きな感動を感じることになった。
1)TEACCH東京セミナー
ショプラーと彼の仲間たちは、以来われわれの要請にしたがって、以下に概説するよう
に、日本におけるTEACCHモデルの普及と発展に多大な貢献をしてくれることになる。
われわれが最初にノースカロライナを訪問した翌1983年と次の1984年には、もうTEACC
Hのスタッフを日本に招聘して、第1回と第2回の「TEACCH東京セミナー」1st and 2nd T
EACCH Tokyo Seminars が開催された。このセミナーはそれぞれ、国際治療教育研究所 Int
Ernational Institute of Therapeutic Education at Tokyo が主催している。
記念すべき第1回セミナーの講義主題と講師は以下の通りであった。
@TEACCHプログラム入門 TEACCH Program−Background&Description・Schopler,E・
A自閉症の診断 Diagnostic Classfication-Childhood Autism Rating Scale(CARS).
Schopler,E. ,
B治療教育のための診断評価 Diagnostic Assessment−Use of Psychoeducational Profile
(PEP).Schopler,E.
C個別教育プログラム Individualized Teaching Programs.Lansing,M.
Dクラスルーム・プログラム Classroom Program.Olley,J.G.
Eコミュニケーション・プログラム Communication & Communication Training.
Lansing,M.
F教師の研修プログラム Teaching Training.Olley,J.G.
G家族にかかわる多様な問題 Family Stress with Handicapped Children and Remediation.
Schopler,E・
この第1回東京TEACCHセミナーの内容は、その全文が日本語に翻訳されて出版されてお
り(10)、わが国で自閉症の人たちと一緒に生きる人々のTEACCHモデル実践者にとって最適
の入門書になっている。おそらく本書は、世界で最初に出版されたTEACCHプログラムに
関する成書であろう。
2)全国的なTEACCHの普及
TEACCHの存在は、最初の1−2年間のうちに日本中に知れ渡ることになった。特に実際
に自閉症の人々に接している家族や職業者(教師や施設職員)の間で、その有用性も含め
てよく知られることになった。
しかしその優れた原理と成果が確認されるにつれて、一部の専門家からは、従来の彼ら
の方法との相違が明らかになるにしたがって、否定的な見解が次々に表現されるようにな
ったことも事実で、TEACCHの普及に妨害的な態度を示すグループも出現してきた。TEAC
CHの方法に反対の態度をとるグループは、TEACCHモデルの応用が成果を上げるにつれて、
近年その勢力を失いつつあるが、今日まだ消滅したわけではない。
TEACCHモデルのわが国への紹介、普及、発展には、多くの団体や行政機関の関与があ
るが、特に、朝日新聞厚生文化事業団 Asahi Shinbun Social Welfare Organization、安田生
命社会事業団Yasuda Life Insurance Social Welfare Foundation など民間の社会福祉団体の
ほか、神奈川県Kanagawa Prefectureおよび横浜市 Yokohama Cityなど行政機関の理解と
支援の意義が大きい。
これらの団体や機関の援助で、TEACCHモデルはわが国の各地に急速に普及していった。
例えば、1986年には沖縄県那覇市で沖縄県精神薄弱者愛護協会 Mental Retardation Society
of Okinawa が主催して、ショプラーSchopler,E.教授夫妻らを招いて、「TEACCH沖縄セ
ミナー」TEACCH Okinawa Seminares が開かれた。1989年と1991年には、朝日新聞や安田生
命の福祉財団が主催して、ショプラー教授やメジボブ Mesibov,G.B.教授のほか、それぞれ
3人のTEACCHスタッフをノースカロライナから招聘して、東京と大阪で各1週間の現任者
訓練セミナーin service training seminars が実施され、日本の自閉症療育者に感動的な教示
を与えた。訓練セミナーの全容は、速記禄として出版されており、現在も研修生のバイブ
ルとして、多くの人々に愛用されている(11)。
さらに1992年には、神奈川県、横浜市、川崎市の1県2市の公式の行政協力で、同じ現任
者訓練セミナーが開催されるまでになった。
上記の普及活動とともに、日本のロータリークラブJapan Rotary Clab や朝日新聞厚生
文化事業団などがスポンサーになって、ノースカロライナ大学TEACCH部へ教育者や治療
者を留学支援する活動が活発になり、現在までに長期・短期の留学から帰国して日本国内
で活躍する者は10人以上になる。
1989年には、日本の内外で教育訓練を受けた200人以上の職業者のなかから有志の者が結
集して、TEACCH研究会を結成して、以来毎年夏に、大阪より西の都市を巡って、わが国
の指導者 trainers のみで現任者の研修訓練を開始した。この活動に刺激されて、同時にわ
が国の各地から要望が噴出して、1990年には日本自閉症協会 Autism Society Japanがやは
り毎夏東日本の都市で、研修セミナーをはじめた。そして今年で10周年、日本自閉症協会
は再び
TEACCH部の部長メジボブ教授と彼の仲間のスタッフをノースカロライナから招いて、東
京と京都で記念の訓練セミナーを開催ずる。
最早や今日わが国では、各地で毎月毎週TEACCHセミナーが行われていないことはない
というほど、TEACCHプログラムの学習と実践への努力は盛んである。近年の日本のTEAC
CHプログラムの普及と発展には、朝日新聞厚生文化事業団とTEACCH部の協力で作成され
たヴィデオテープ(12−16)の恩恵によるところも大きい。
3)TEACCH応用の成功
ウイング Wing,L.は近著(17)のなかで、自閉症の人々は「時間と空間のなかに自分自身
を位置づけることができないcannot organize themselves in time and space」という表現で、
彼らの混乱と不適応を説明している。そして彼らの方からわれわれの世界に入ってくる方
法を持ち合わせないのだから、われわれの方からこそ彼らの世界に近づき入っていってや
らなくてはならないと言っている。
その通りである。自閉症の人たちは「強度行動障害」をはじめさまざまな混乱や不適応
状態を正確に言い当てている。しかしわれわれは長い年月にわたって、彼らの世界への近
づきかたを見つけられず、彼らの傍らでハラハラ、オドオドしていた。なかには、強引に
彼らの世界に入り込もうとして、彼らを一層ひどい混乱と苦痛に追い込んでしまった人た
ちもいた。
ところがTEACCHの人たちは、30年も以前に、自閉症の人々の世界に近づき入り、われ
われの世界の意味を伝える方法を創造的に開発していたのである。われわれ日本の自閉症
関係者people working with people with autismは、18年前にそれを知って驚き、感動し、
熱心に自分の国への紹介、普及、発展に努力を続けてきた。そして成功してきた。
現在われわれは日本で、自閉症の人たちが「構造化の方法structured teaching」を用いて、
われわれと共存する環境や世界の意味を与えることができるし、「意味のあるコミュニケ
ーションmeaningful communication」をすることによって「強度行動障害」という彼らの
激しい不適応行動の問題も顕著に解決することもできるようになった。
日本国内各地のTEACCHモデルの研修会で、過去長い年月にわたって多様な方法を試行
錯誤してきた参加者から寄せられる参加理由で最も多いものは、わが国で現在自閉症の人
たちの教育や生活支援で最も成功している学校や施設が、TEACCHモデルを応用実践して
いるところであるからというものである。彼らは数多くの学校や福祉施設を見学して、そ
の事実を確認している。その代表的な成功モデルは、学校では佐賀大学教育学部付属養護
学校と香川大学教育学部付属養護学校であり、福祉施設では横浜の東やまた工房 Higashi−ya
mata Kobo Day Care Institute、東やまたレジデンスHigash -yamata Residential Care House、
北海道のおしまコロニーOshima Colonyの星が丘青年寮Hoshigaoka Residential Institution
for Youth、および、蹴学前幼児のための通園施設つくしんぼ学級 Tsukushinbo Day Care
classroom for Preschool Childrenであるが、他にもTEACCHモデルの応用実践で、従来の
方法では得られなかった成功をおさめて称賛されている施設、学校、学級は数多く存在す
るようになった。
自閉症の人のいる家族や、彼らを教える教師、彼らとともに生活している職業者たちの
評価が急速に高まるなかで、都道府県や市町村の行政者および教育関係者たちは、TEACC
Hモデルの普及と発展が最も経済効率がよく、しかも自閉症の人々に最も平和で幸福な人生
を与えることができると認識し、非公式ながらそう発言する機会が多くなった。
1998年には国立特殊教育研究所 National Institute of Special Education(Ministry of Educa
tion)は、自閉症教育の専門官を3カ月間ノースカロライナにTEACCHプログラムの視察と学
習を目的に派遣している。そして、日本各地の都道府県・市町村教育委員会も、TEACCH
モデルによる教育方法を、教師のための研修や訓練に取り入れる機会の頻度を増している。
現在日本ではTEACCHの用語は、自閉症に関して今日考え得る「最良の包括的な治療教
育および福祉的支援のプログラム」の代名詞あるいは同義語になっていると言っても過言
ではない。1982年夏は、われわれ日本人が自閉症の人々と、真に意味のあるコミュニケー
ションをしながら、日常生活を共有し合って生きていくことができるようになるための、
革命的な転機の時になったと言える日が、近い未来にやってくることを信じている。ノー
スカロライナの人々がそうしているように(18)。
参考文献
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(シンポジウム)